kayo.
2週間前の金曜日の明け方、加代は寝ている間に静かに息を引き取りました。

ともだちになって、31年。

高校で同じクラスになることも、同じ部活にいることもなかったけど、
趣味も思考も好きな人も、何もかもが違っていたけど、ずっとずっと会っていた唯一のともだち。だいじなともだち。

気になることが有るんだと、相談された8年前。
行かせた病院の検査結果は乳癌。術後リンパ節にも転移していたことが分かった。
そして、数年後の転移。癌の進行は少しずつ少しずつからだを弱めた。

誰よりも甘ったれで、誰よりも寂しがり屋、
そして、誰よりも人を笑わすのが好きだった。
お腹を抱えて涙して、笑い合った。

何も用が無いんだけどさ、声が聞きたくなって・・・と電話をくれた。
正月と誕生日には、誰よりもはやくメールをくれた。
そこにいると言う、当たり前の存在。

9日違いの誕生日、今年は何もなかった。
脳にまで転移した癌は、加代からいろんなものを奪っていった。
脚力、握力、視力、聴力。そして、痛みだけを増やしていった。

死にたくないな・・・。
一人で死ぬと思うと怖いな・・・。
最初の転移がわかったとき、加代が言った言葉。

まき、私が死ぬとき淋しくない様に一緒に行ってあげるって、言ってくれたでしょ。
でも、やっぱり駄目だよ。まきはちゃんと生きて、生き続けなさい。
今年、加代が言った言葉。

それからほどなく、加代はほとんど話すことをしなくなった。
筆談も出来なくなり、大好きな会話も、食事も出来なくなり、容体は悪化した。
目に見えて弱って行くのが分かった。

ちらっと片目を開けて、こちらを見て、ニヤッと笑って、また眠りにつく。
痛みがひどく眠れない日が多くなり、痛み止めが徐々に強くなっていった。
今度はずっと眠り姫のようになってしまった。

遅い時間だったけど、旦那に連絡をした。
様子聞いて、これからのケアの相談をして、がんばろうねと励まし合った。
その1時間後の2時頃、加代の寝息を聞いて旦那も眠りについた。

4時間しか寝てなかったけど、6時に目が覚めた。
アイソン彗星が見れない時間なのに、ベランダに出た。
彗星が見れない代わりに、綺麗な朝焼けに見とれた。

いつもより早くに家を出た。
7時半に実家に着き、猫の朝ごはんの支度をして、軽い朝食と新聞を前にして、
そして、電話は鳴った。

恐ろしく冷静だった。
どうした?いつ?うん、わかった。すぐに行くから。
そんな言葉を言った気がする。

目の前にいた母に、加代が逝ってしまったことを報告した。
せいいっぱい堪えた。泣かないように堪えている私に向かって、
こんな時くらい我慢するんじゃない、泣きなさい。と言って、母が泣いた。

加代は静かに寝ていた。
たった5日前に、子犬をみて大きく笑ってくれたのに、
ずっとずっとそこに寝たままだった。

仮の祭壇を作るために、部屋を掃除した。
加代が眠る場所、お線香をあげる場所、お客様の居間を用意した。
全てを終えた頃、葬儀の日程が決まった。

3日に湯灌式、納棺式、通夜。4日に告別式、火葬、初七日の法要。
旦那とご親族の好意で、すべて一緒に居させてもらった。
大きかった加代が、ちっちゃな骨になるまで。

お通夜の会葬が一段落した頃、用意されたお肉を焼いた。
旦那と相談して、口元にそっと当ててあげた。
お肉をずっと食べたいって、言っていたから。

俺の綺麗なカミさん見てやって。と旦那が大きな声をあげた。
まだお清めの場にいらした会葬者の方々が棺の周りに集まり、にぎやかになった。
あんな賑やかなお通夜見たことなかった。

出棺の際、担当の葬儀屋さんが花を手向けるのを見た。
彼も加代の友人のひとりで、泣きながら葬儀の進行をしていた。
泣きながら話す彼を見て、皆がまた泣いた。

加代らしい、とてもいい葬儀だったと思う。
なにより、加代がいい顔してそこにいた。
亡くなった日よりも、お通夜よりも、告別式の日が一番きれいだった。

3日午後と4日の仕事は休むことになったけれど、それ以外には何一つ被らなかった。
予定していた土曜の仕事も、日曜日の個展取材も、月曜日の友人の工房での作業も、水曜日の友人との会食も、すべて出向いた。合間をぬって加代にも会った。

あえて予定を断ることをしなかったのは、加代が私にそうさせる為の日程と思ったから。
ちゃんと生き続けなさいって言われたから。
と、自分に言い聞かせたかったから。

体は正直で、ちょうど一週間後疲れで倒れた。吐いて吐いて吐いた。
リバウンドした3キロが解消された。
加代もすごく小さくなっていたから、真似してみた・・・違うか。

ご住職が法要の時に話してくれたこと。
3回忌までの2年間は泣き続けても、悲しみ続けてもいいのですよ。
無理をしないで少しずつ減らせばいいのです。という言葉だった。

昨日、初めて泣かない一日を過ごした。
加代がいなくなって、自分が改めて泣き虫だと自覚した。
ドライアイは治っているけど、塩分過剰でいつも目が痛い。

加代がいなくなって2週間。
やっと2週間、もう2週間。
いつだってそこにいたと言う、当たり前の存在。



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by masamin0811 | 2013-12-13 00:00 | diary | Comments(4)
Commented by やまうち at 2013-12-15 19:03 x
私も9月に親友を亡くしました。
東京で一人暮らしで一人で逝ってしまいました。
歌が上手な奴で、上京時には何時もカラオケで唄い合いました。
3ヶ月が経ちましたが、今でも奴の歌声が聴こえる様です。
Commented by masamin0811 at 2013-12-16 05:55
やまうちさん、いらっしゃい。コメント有難うございます。

心中お察しします。
東京に来たときは、思い出してたくさん歌ってあげて下さいね。

親友。良い言葉ですよね。
でも、そんな言葉は、気恥ずかしくて使えないな・・・。
私にとって、加代は心友なんです。
Commented by Kazumi at 2013-12-17 01:28 x
以前お話の中に出て来たお友達はkayoさんだったんですね。
ずっと、今はどうされているかなと気になっていました。
「子犬を見て大きく笑った」と読んだ瞬間、その場に居たみなさんがきっと笑顔だったんだろうなと絵が浮かびました。
kayoさんのお写真、どことなくmasamiさんに似ています。

ちゃんとしたことが書けませんが、
kayoさんの御冥福を心よりお祈りいたします。



Commented by masamin0811 at 2013-12-17 12:01
kazumiちゃん、 コメント有難うございます。

憶えていてくれましたか。
今年に入って、急に容体が悪くなってしまってね。
あっという間にいなくなちゃった。

最後に子犬を連れて行ったときにね、
自宅に着いたら、加代も旦那も寝ていてね。
ベッドのそばにしばらく居たら加代が起きて、すごいびっくりした顔してね。
そして満面の笑顔になったの。そして「ちー(旦那のこと)、起こして。」って、はっきりとした大きな声で言ったの。
私が寝てるからまだいいんじゃない?って言ったら「起こして!」って。
熟睡している隣の旦那を起こしたら、旦那もびっくりして、そして凄い笑顔になった。
3人で子犬を囲んで、ずっと笑顔だったよ。
二人の笑顔を見れたとき、連れて行って良かったな。って思った。

どことなく似ている?笑
8年前に大阪に一緒に旅行した時の写真で、しているマフラーは私のを欲しがってね。あげたら旅行にしてきたんだ。
だからかな。笑

kazumiちゃんには、お願い事の連絡が遅くなってしまって、
慌てさせてしまってごめんなさいね。
でも出来上がりを、心から楽しみにしています。
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